| [施設案内] |
現在の小山城は、鉄筋コンクリート3層5階建てで、1・2階は史料展示室、5階の天守閣は展望台になっている。 本来の小山城は今川氏によって築かれたといわれているがその規模は不明。 今川氏没落後は大井川を境に西を徳川、東を武田が領有することになったが、武田軍は大井川を越えて小山城に入った。 一方、徳川家康は松平左近真乗に小山周辺の知行地を与えた。その後両軍の数回にわたる攻防戦の結果、元亀元年(1570)小山城は松平氏の領有することとなる。しかし翌2年武田軍は2万5千の兵で攻め再度奪還した。小山城の本格的な築城はこれ以降といわれる。その築城は馬場美濃守信房をもって堀、土塁を築き修築、城主に大熊備前守をあてた。 元亀3年(1572)12月、三方ヶ原の戦いで家康を追いつめたが、翌天正元年(1573)信玄の病没のためその子勝頼が後を継ぐ。しかし、同3年5月長篠の戦いで織田・徳川連合軍に大敗し、勢力は下降線を辿ることになる。同9年3月高天神城が徳川方に攻略されるにいたりもはや小山城を救う余力はなく、外地に骨をさらすより、故郷に帰ろうと天正10年2月自ら城に火を放ち甲州に落ちのびた。 小山城は武田、徳川が領有した堅固な城であったが13年間の攻防の歴史をもってその幕を閉じる。 |
| [コメント] |
駐車場から能満寺の境内を通り、石段を上る。能満寺には、国の天然記念物に指定されている日本三大ソテツの一つがある。 小山城は、鉄筋コンクリート造りで、完全な復元ではなく、観光用の展望台として造られてしまったことが残念。かつての天守閣とは外観も建てられている位置も違うようで、できることなら、いつかは正確な外観、正確な位置で復元をして欲しいですね。 1・2階の史料提示室には特に驚くようなものはないです。5階の展望台からの景色はまずまず。 小山城周辺は、よく整備されている。敷地内には郷土資料館もある。こちらは無料です。ただこの郷土資料館、私にはチョット力が入っていないような気がしました。 |
| [アクセス] |
JR島田駅からバス、榛原方面行き吉田高校前下車、徒歩5分。 JR藤枝駅からバス、榛原方面行き(遠州神戸経由)吉田高校前下車、徒歩5分。 |